講評

福井大学留学生センター教授
審査委員長 今尾 ゆき子

 本日の「外国人による日本語スピーチコンテスト」は、31名の応募の中から選ばれた10名の方にスピーチをしていただきました。テーマは「日本での生活体験を通してあらためて感じた母国のこと」で、中国、インドネシア、ベトナム、キルギス、韓国、アメリカの6カ国の方々が様々な観点から話してくださいました。お一人ずつ簡単に講評を述べさせていただきます。

 最初のスピーチは将千里さんの「お客様のために仕事をする」でした。日本で働いた経験から中国の企業には顧客志向の精神が欠けているという主張でした。ギョーザ事件では母国の対応に胸を痛めていらっしゃったことでしょう。電化製品から食品まで、世界の工場を自負する中国の「ものづくり」や「サービス」の質に対して大変厳しい意見でしたが、良いものを作って早く信頼を回復して欲しいという将さんの母国に対する力強いメッセージが印象に残りました。

 2番目のアドリアン・ラブナさんは環境問題を取り上げてインドネシアと日本の取り組み方の違いを話されました。天然資源に恵まれていても決して豊かとは言えない母国。
進んだ知識や技術を伝えて人々の意識を変えていきたい。国のために役に立ちたいという熱い心が静かな語り口を通して伝わってきました。欧米に追いつこうと懸命に学んでいた明治の留学生の気概を思い起こさせるスピーチでした。

 3番目、楊艶男さんの「家族に『ありがとう』と言いたい」は、家族に対して感謝の気持ちを表すことを日本の子供から学んだというものでした。中国では、親が子供にしてくれることは当たり前で、家族や親しい人には「ありがとう」と言わないそうです。水くさいと思われるのでしょうか。日本へ留学して家族への感謝の気持ちが生まれたこと、それは正しく自立の一歩であると思いました。

 4番目、ヴ ドウク アンさんのスピーチは、フランスにもアメリカにも勝った国ベトナムについてもっと知ってもらいたいという訴えから始まりました。ベトナムは経済も技術も未だ発展途上だけれども、人と人とのコミュニケーションが健在だから、ベトナム人はストレスを溜めないのだそうです。翻って日本人はどうか。「2年間、隣の人と話したことがない」と言うアンさんの眼には、会話を失った日本人がストレスのかたまりに見えるのでしょうね。あらためて「会話が成り立たない日本人」の姿に気づかされました。

 前半の最後、5番目は福井県の国際交流員として活躍なさっている龔希明さんでした。敬愛する藤野厳九郎ゆかりの福井で、「私の藤野先生」と出会ったことや国際交流のいろいろな活動に取り組んだことを話していただきました。国際交流とは国境を越えて心と心を繋ぐ仕事だという龔さんのスピーチに頷かれた方も多かったのではないでしょうか。

 6番目、陳光華さんのスピーチは温泉を通して中国人と日本人の考え方の違いを取り上げたものでした。水着を着て男も女も一緒に入って遊ぶ中国の温泉。疲れた心と体を癒しに周囲の人に気を配りながら静かに入る日本の温泉。中国にいた時と同じように水着を持って芦原温泉へ行ったものの裸で入らなければならなかった時の戸惑いや、「あー極楽、極楽」と温泉につかっている姿が眼に浮かぶようでした。この福井で「裸のつきあい」ができるようになるといいですね。

 7番目、ハサノヴァ・ナイリャさんは「変化している世界の中の我が国」と題して、2年半ぶりに帰って見たキルギスの社会について話してくださいました。ソ連崩壊後、イスラムの影響が強くなっていること、キルギス語を使わないと不利益を被るといった言語差別の問題、相変わらず古いままの医療設備や遅れている医療教育など、医学生の目から見た多民族国家キルギスに関する興味深いお話でした。

 8番目、韓国の朴暁暁さんは「母国のぬくもり」という題で、オンドルのすばらしさを詳しく語っていただきました。冬の時期、日本の家の中はとても寒いと外国から来た人は異口同音に言いますが、オンドルのある生活に馴れた朴さんも日本家屋の寒さがさぞかし骨身に沁みたことでしょう。外国で暮らすと、母国で当たり前だと思っていた様々なことが懐かしく有り難く思えるものです。スピーチからはオンドルの温もりに託して故郷の家の暖かさを懐かしむ気持ちが伝わってきました。

 9番目、中国の付微さんは、故郷の小さな町に市が立つ日のにぎわいを大切なもののように話してくださいました。売り手と買い手の言葉が飛び交う市は人々のコミュニケーションの場であり、情報交換の場でもあります。日本ではセルフサービスの店が多くなり、気がつけば買い物は黙ってするのが普通になってしまいました。言葉を交わしながら物を売り買いする市場では、心が豊かになって「人と人は助け合いながら生きているのがよく分かる」という付微さんの言葉が心に残りました。

 最後、コリー・ジョンソンさんの「日本海」は、雪国の鉄道にまつわる経験談でした。AETとして勤める中学校で、「トワイライトエクスプレス」の話題をきっかけに生徒と心が通じたこと、乗っていた「らいちょう」が大雪のためにストップしてしまい、「国境の長いトンネンルを抜けると雪国であった」という『雪国』の書き出しを文字通り体験したことなどを話していただきました。道元の和歌からジェロの演歌まで、日本の文化を理解しようとするコリーさんの努力にエールを送ります。

 他国に住んでみると、自分の国についてそれまで気がつかなかったことに気がつき、見えなかったことが見えてきます。良くも悪くも彼我の違いを知ることは、拠って立つ母国のものさしを見つめ直すことだからでしょう。母国と日本の二つのものさしを使い分けながら日々暮らしている皆さんに「外からの眼」で見た母国について語っていただきました。お国の事情はそれぞれ違いますが、どのスピーチにも国を思う熱い心が感じられました。それは私たち日本人が忘れかけていた心情であります。教えられることの多い貴重な機会でした。以上が私なりの感想ですが、どのスピーチもすばらしく、優劣をつけるのに審査員一同苦労しました。スピーチしてくださった皆さん、どうもありがとうございました。

審査結果

表彰名前
最優秀賞ADRIAN RABUN (アドリアン ラブナ)
優秀賞ハサノワ ナイリャ 、 龔 希明 (キョウ キメイ)
特別賞蒋 千里 (ショウ センリ) 、 陳 光華 (チン コウカ)
戻る